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仙台地方裁判所 昭和32年(ワ)454号 判決

原告 国

訴訟代理人 三浦鉄夫 外二名

被告 本郷清輔

主文

被告は、原告に対し別紙第一ないし第六目録記載の土地について所有権移転登記手続をせよ。

訴訟費用は被告の負担とする。

事実

原告訴訟代理人は、主文同旨の判決を求め、その請求の原因として、「原告は、昭和十七年六月四日被告先代本郷清五郎より同人の別紙第一目録記載の土地九十筆を代金二万二千五百十七円八十三銭で、同第二目録記載の土地四十七筆を代金一万四千二百円十九銭で、同第三目録記載の土地三筆を代金二千四十二円三十三銭で、同第四目録記載の土地二筆を代金五百四円で、同第五目録記載の土地一筆を代金三百四円二十銭で、同第六目録記載の土地十八筆を代金一万百七十九円八十六銭でそれぞれ買い受けることを約し、昭和十八年十一月二十四日別紙第一ないし第三、第五、第六目録記載の土地の代金を、同十九年三月二十七日第四目録記載の土地の代金を支払いその所有権を取得したが、その旨の登記手続を経ないうちに右清五郎が、昭和二十年十二月十七日死亡し、被告において同人の家督を相続して売主たる地位を承継したから、原告は被告に対し右各土地について売買を原因とする所有権移転登記手続を求めるため本訴に及ぶ。」と述べ、被告主張の抗弁事実を否認した。

被告訴訟代理人は、「原告の請求を棄却する。」との判決を求め、答弁として、「原告主張事実中、別紙第一目録記載の土地のうち宮城県宮城郡多賀城町笠神字沼頭十一番田二反一畝二十八歩、同第二目録記載の土地のうち同県同郡同町笠神字黒石崎二十三番の一山林四反二十六歩、同所二十三番の二田十五歩及び同所二十三番の三田九歩を被告先代清五郎より原告に売渡したことは否認する、その他の事実は認める。」と述べ、抗弁として、「海軍工廠の建設用地買収のため出張して来た菊地海軍主計大佐他七、八名の係員は、昭和十七年六月四日多賀城国民学校に右清五郎ら関係土地所有者を集めて、同人等に対し太平洋戦争を勝ち抜くため多賀城村に急ぎ海軍工廠を建設する。その用地として所有土地を買収したいから、いかなる犠牲を払つても協力されたい。戦争が終了して買収地が不要になつたときは、旧土地所有者に対し買収価格で売り戻す旨言明した。そこで右清五郎は、右言明を了承し、同日本件各土地の買収に応じたのである。従つて、その際同人と原告との間に本件各土地につき暗黙のうちに停止条件附再売買の予約が成立したものである。

ところが、昭和二十年八月十四日ポツダム宣言の受諾により太平洋戦争が終了し、昭和二十二年五月三日交戦権を否認し、一切の戦力保持を禁止した現行憲法が施行されるに及び、原告は、右海軍工廠を閉鎖し、本件各土地は不要になつたので、被告は、昭和三十一年三月原告に対し右再売買の予約に基き、払下又は再補償歎願の形で売買完結の意思表示をした。従つて、本件各土地の所有権は被告に移つたから、その所有権が原告にあることを前提とする原告の本訴請求は失当である。」と述べた。

立証〈省略〉

理由

被告先代清五郎が昭和十七年六月四日原告に対し別紙第一ないし第六目録記載の土地の中、宮城郡宮城郡多賀城町笠神字沼頭十一番地田二反一畝二十八歩、同県同郡同町笠神字黒石崎二十三番地の一山林四反二十六歩、同所二十三番地の二田十五歩及び同所二十三番地の三田九歩の四筆を除くその余の土地を売渡し、原告主張の日その代金の支払を受けたこと、右清五郎が昭和二十年十二月十七日死亡し、被告においてその家督を相続したことは当事者間に争いがない。

そこで、右四筆の土地についても前同日原告と右清五郎との間に売買契約が成立したかどうかについて判断する。右清五郎名下の印影の成立につき争がないから、全部真正に成立したものと推認する甲第一号証、第二号証、第七号証、第九号証、成立に争いのない甲第十一号証及び乙第一号証、第十二号証によれば、旧海軍は昭和十七年頃宮城郡多賀城村(現在多賀城町)地内に工廠を建設することを計画し、同年五月三十一日船岡海軍火薬工事々務所勤務玉田技手、森二良ら数名の者を旧多賀城村に派遣し、同人らは同村字笠神、大代、八幡地域一帯を買収予定地として測量し、標識を立ててその範囲を表示し、同年六月三日右役場を通じ、関係土地所有者に対し、翌四日午後一時までに印鑑を持参して旧多賀城村国民学校に集合するよう通知した。そして佐々木海軍主計大佐ほか数名の係員は、同日右国民学校において、同所に集合した右清五郎の代理人たる被告らに対し、太平洋戦争遂行のため海軍工廠を建設する必要あるにつき、標識をたてた範囲内の土地を右工廠建設用地として買収したいからこれに応じてもらいたい旨説明し、その買収方を申し入れたところ、被告は右買収の申入を承諾し標識をたてて表示された買収用地の範囲内に含まれておつた前記四筆の土地をその他の本件土地とともに原告に売渡すことを契約し、被告先代清五郎は昭和十八年十一月二十四日原告より内沼頭十一番田二反一畝二十八歩の代金干七百十円八十銭、内黒石崎二十三番の一山林四反二十六歩の代金六百十三円、同所二十三番の二田十五歩の代金二十二円五十銭、同所二十三番の三田九歩の代金十三円五十銭の各支払を受領したことを認めることができ、被告本人尋問の結果もこれをもつて右認定を覆えすに足る資料とはできない。

ところで、被告代理人は、前記売買契約締結に当り、原、被告間において、太平洋戦争が終了し、本件土地が不要となつたときは、原告は被告に対し、前記売買代価で本件土地を払い下げる旨の再売買の予約がなされたと抗争するのであるが、全証拠をもつてしてもかかる特約が成立したことを認めるに足りない。もつとも、前掲乙第一、第十二号証によれば、前記売買契約締結にあたたり旧海軍省係官が関係土地所有者の質問に対し、太平洋戦争が終了して工廠敷地が不要になつたときは、これを元の所有者に優先的に払い下げるようにする旨説明したことは認められるが、これは太平洋戦争が終了して本件土地が不要になつたとき、被告ら元土地所有者と更めて売買条件等を協議決定のうえ払い下げるような取り計いをするつもりであるとの趣旨であると認めるのを相当とするから、これを以つて直ちに再売買の予約が成立したものと言うことはできない。したがつて、被告代理人の右抗弁は採用することはできない。

してみると、清五郎の家督相続人である被告に対し別紙第一ないし第六目録記載の土地の所有権移転登記手続の履行を求める本訴請求は理由があるのでこれを認容し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八十九条を適用し、主文のとおり判決する。

(裁判官 新妻太郎 渡部吉隆 丹野益男)

第一ないし第六目録〈省略〉

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